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Czech Japanese
Christian Fellowship

チェコ日本語キリスト教会

山桜の祝福

山桜の祝福

8/8/25, 10:00

「お母さん、永遠のいのちに生きる道があることを知っていますか?...」
私の母はもうすぐ88歳を迎えます。その母に、天地万物をお造りになった神が、イエス・キリストという救い主を通してすべての人に贈ってくださった福音「永遠のいのちへの希望」があるということを、ただ純粋なこころで伝えられるようになりたいと私は願っています。今も生きておられ、私のすべてを見ていてくださる神は、この大切な祈りを聞いて、万事を導いておられます。

私は57歳の時にこの「福音」を受け入れ受洗しました。それまで神に背を向けていた私が向き直り、神を見上げたことによって、神がこれを起こされたのです。さらに福音「永遠のいのちへの希望」とはどのようなものであるかを理解できるようにしてくださったのも神様です。考えてみたらこれはほんとうに不思議なことです。

この神を信じることで、背中にのしかかり背負いきれなくなっていた荷物が、私から降ろされました。この時の喜びを、ことばで言い表すことはできません。私はこの喜びのすばらしさを知りたいと思いました。こうして聖書を読み、教会に通う生活が始まったのです。

 

聖書のことばによって私の心が洗われ続け、たくさんの慰めを受けました。ことばとともにある神の溢れるほどの愛が、自己否定感による苦しみからも私を助け出してくださいました。

このような歩みの中で、私は一つの大切な課題を持っていることに気づかされていきます。それは母との関係性にありました。母を愛したくても愛せないでいる私を、神はそのままにはされなかったのです。私は泣きながら祈りました。「神様、私は母をどうしても愛せません。しかし愛せないことが苦しいのです。助けてください。」と。母からできるだけ遠ざかっていようとする私、電話も義務的にしかできず、その理由は母にあると決め込んでいる私...しかし心のうちはさみしくて仕方がないのです。その理由は「母が大好き」だからでした。しかし、素直に母に接することができなくなっていたのです。私はただ神様に祈り続けました。

 

2020年3月、世界はコロナ禍に置かれて人は自由に外出できなくなり、仕事にも大きく影響が出ました。人と会うことも話すことも難しい日がやって来て、世界中の人が等しく、先が見えない不安の中に置かれて、孤独やさみしさを味わいました。一人で暮らしていた私に「これから何が起こるのかわからない時にあって、自分にとって何がほんとうに大切であるのか?」そんな問いかけが起こされたのです。それは2021年の春、桜の開花を待ち望む頃でした。突然、私は「母のところへ帰ろう!」と思い立ったのです。母に心から会いたくなりました。直ぐに電話をしました。「お母さん、車でそちらに帰ってもいい?4月10日から20日まで。」素直にそう言えました。「もちろんだよ。帰っておいで。」母の心弾む声が聞こえて、胸が熱くなりました。

葉山から岡山までの長距離運転です。しかし高速道路の距離も時間も苦にはなりません。サービスエリアで休憩するたびに、風景の写真とメッセージを母に送りました。道中の山々に広がる山桜が、あまりにも美しかったからです。

10日間は、あっという間に過ぎました。母と一緒に懐かしい場所を訪れては思い出を分かち合い、行き帰りの車中でたくさんの話をしました。しかし私は、母との時間を喜びつつも、以前よりも老いが進んでいる母の姿に、胸の痛む思いがしました。

いよいよ明日の朝に岡山を離れる時となりました。私はこのまま帰ってしまうのか...。心が重くなって「神様、どうしてよいのかわかりません。助けてください。」と神に祈りました。

夜ご飯を食べ終わった時に、母の前で神様に祈りたいと心から思いました。

「お母さん、私は神様にお祈りをしたいのだけど、良い?」

「いいよ。どうしたらよいのかな?」

「では、私は今から神様に素直にしてもらってお祈りをするので、お母さんは目をつむって聞いていてね。そしてお祈りが終わった時に、私と一緒に『アーメン』と言ってね。『アーメン』って、私の言ったことが『ほんとうです』という意味だよ。」

私はどのようなことばを言って、何を神に祈るのかがまったくわからないままに祈り始めました。

「天の愛するお父さん、あなたに素直にお祈りします。私は母のもとに帰ってくることができました。ほんとうに嬉しいです。神様、私は母をどれほど悲しませたことかしれません。ごめんなさい。私は母を批判し、母を遠ざけてしまいました。私は自分が寂しかったことばかりを思って、それを母のせいにして、母のことを理解しようとはしませんでした。この私の自己中心の態度が、母をどれほどの苦しませたことでしょうか。母はそれを我慢して来たのです。今やっと、数々の困難の中で精一杯生きて来た母の姿がそのままに見れるようになりました。...母にあったすべての困難と忍耐を知っておられる神様、どうぞこれからも私の母をお守りくださり。そして幸いな人生への歩みを導いてくださいますように助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。」

「アーメン。」

母は私の隣で声をあげて泣きました。そして何も言いません。涙溢れるまなざしは「それで充分」と語ってくれているようでした。

 

こうして、母と私の関係が変えられました。神は私の願いと祈りを喜んで聞いていてくださり、幸いな道に歩ませてくださったのです。一方的に与えられた「神の恵み」というほかはありません。

過去にあった母への思いは、私の中からすっかりなくなりました。私はそれを「忘れた」のです。

不思議なことに山桜の祝福は、葉山の家に帰宅するまで続きました。車を走らせる私の心は、母との関係性が新たにされた喜びと、希望に満たされていました。

 

今私は、火曜日と木曜日にプラハから母に欠かさず電話をしています。母は岡山から大阪のシニアマンションに引っ越して、半年になりました。生まれ故郷を離れる決断を自らして、近くに住む姉夫婦の助けを時々もらいながら一人暮らしをしています。元気な声で、近況報告や新聞、ニュースから得た日本の様子を話してくれるのが、私の心からの楽しみです。

 

「お母さん、永遠のいのちに生きる道があることを知っていますか?聖書とは、人はどこから生まれてきたのか、生きる意味は何であるのか、そして死んでから後のことについて、すべてのことが書かれている書物なのです。実はその著者は神様でね、その神様が、ご自分の愛によって、お母さんを造られたことが初めに書かれています。そのかわいいわが子に対して示された神様の愛、『あなたを永遠のいのちに生かす!』というグッドニュースを、これからお母さんに話してみたいと思うのだけど、聞いてもらえますか? 

...

私はお母さんと一緒に、神様が与えてくださった『永遠のいのちの世界』、それは『愛に満たされた世界』に生き続けたいと心から願っています。ずっとお母さんと一緒に居たい、そう思うよ。」


イエス・キリストの十字架による血の贖いは、罪による滅び(永遠の死)から母を救い出すためであったことを、

また死んで葬られ3日後に墓からよみがえられたイエス・キリストの復活の姿こそが、この十字架の愛を信じる者の霊に着せられる新しいからだ「永遠のいのちの姿」であることを、

母が受け入れてくれますように。

神様どうぞ、そのための力を私にお注ぎください。アーメン。

栄光在主


N.Y記

 

<聖書のことば>

「見よ、神の幕屋が人々とともにある。

神は人々とともに住み、人々は神の民となる。

神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。

神は彼らの目から

涙をことごとくぬぐい取ってくださる。

もはや死はなく、

悲しみも、叫び声も、苦しみもない。

以前のものが過ぎ去ったからである。」

(ヨハネの黙示録21:3,4)

 

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